東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15215号 判決 1972年2月15日
原告 近藤さき
<ほか二名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 金綱正巳
右訴訟復代理人弁護士 竹沢哲夫
被告 玉岡昌慶こと 張昌慶
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 海老原茂
同 舟辺治朗
右訴訟復代理人弁護士 奥平哲彦
被告 高木花子こと 李花子
右訴訟代理人弁護士 福田力之助
主文
一 被告張昌慶は、原告らに対し、別紙物件目録二(一)記載の建物を収去し、同目録一(一)記載の土地を明渡し、かつ金一五万九、二〇一円および昭和四〇年一月一日から昭和四二年三月三一日まで一ヶ月につき金二、二〇〇円、昭和四二年四月一日から昭和四四年三月三一日まで一ヶ月につき金二、四八〇円、昭和四四年四月一日から昭和四五年七月一七日まで一ヶ月につき金三、〇六〇円、昭和四五年七月一八日から右土地明渡ずみまで一ヶ月につき金三、五六〇円の割合による金員を支払え。
二 被告李花子は、原告らに対し別紙物件目録二(一)記載の建物から退去し、同目録一(一)記載の土地を明渡せ。
三 原告らの被告張昌慶に対するその余の請求および被告会社に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用中、原告らと被告張、被告李との間に生じた分は、これを一〇分し、その一を同被告らの負担、その余を原告らの負担とし、原告らと被告会社との間に生じた分は原告らの負担とする。
五 この判決中第一項は原告らにおいて金三〇万円の担保を供したとき、第二項は原告らにおいて金一〇万円の担保を供したとき、仮に執行することができる。
事実
第一 原告らは、主文第二項と同旨の判決および「(一)被告張昌慶は、原告らに対し別紙物件目録記載の二(一)および(二)の各建物を収去し、同目録記載の一(一)および(二)の各土地を明渡しかつ原告らに対し別紙計算書(一)掲記の金員の支払をせよ。(二)若し、右請求中、同目録二(二)の建物収去、一(二)の土地明渡請求および右金員の支払請求が入れられないときは、同被告は原告らに対し、別紙計算書(二)掲記の金員を支払え。(三)被告協栄商事株式会社は、原告らに対し同目録二(二)の建物から退去し、同目録一(二)の土地を明渡し、かつ別紙計算書(三)掲記の金員を支払え。(四)訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因並びに被告らの抗弁に対する認否、主張として、次のとおり述べた。
一 別紙物件目録一記載の(一)、(二)の土地(以下本件(一)、(二)の土地という)は、原告らの父訴外柴崎直次郎所有のものであったところ直次郎が昭和三一年一〇月一二日死亡し、原告ら三名および訴外小野沢ん、柴崎けいが遺産相続により本件土地の所有権を承継取得し、その後昭和四三年六月二四日小野沢、柴崎けいの両名が原告らに対し各自の持分を譲渡した結果本件各土地は原告らの共有に属することとなった。
二 ところが、被告張は昭和三七、八年ころからなんらの権限がないのに、本件(一)の土地上に別紙物件目録二(一)の建物(以下本件(一)の建物という)を所有して同土地を占有し、本件(二)の土地上に別紙物件目録二の(二)の建物(以下本件(二)の建物という)を所有して同土地を占有し、被告李は本件(一)の建物に居住し、被告協栄商事株式会社(以下、単に被告会社という)は本件(二)の建物を使用して、いずれも右各建物の敷地として本件(一)の土地若しくは(二)の土地を占有している。
従って、被告張は、原告らに対し本件(一)、(二)の各建物の収去並びに本件(一)、(二)の土地の明渡義務があり、被告李は、本件(一)の建物から退去して本件(一)の土地を、被告会社は、本件(二)の建物から退去して本件(二)の土地を原告に明け渡すべき義務がある。
≪以下事実省略≫
理由
一 本件(一)、(二)の土地が原告らの父柴崎直次郎所有のものであったことおよび原告らが本件各土地所有権(共有持分権)を取得するに至った経過に関する原告主張のとおりの事実は、すべて当事者間に争いがない。
二(一) まず、本件(一)の土地についての被告ら主張の賃借権の存否について判断するに、≪証拠省略≫をあわせれば、同土地を含め別紙図面トワオルロイニチトの各点を連結した線の範囲内の土地約一一六坪は、昭和二一、二年ころ前記柴崎直次郎が訴外豊川己生に対し普通建物所有の目的のもとに賃貸し、右訴外人が同地上に建物を建築して工場として使用し、被告張が豊川から右土地の一部である本件(一)の土地を転借して同地上に建物を所有していたこと、豊川は昭和二八年ころから不在となったため張本義郎が豊川所有の右建物所有権を取得し、かつ昭和二九年四月三〇日柴崎から右建物の敷地である右土地を賃借し、以後被告張は本件(一)の土地を張本から転借してきたこと、以上の事実が認められるが、本件(一)の土地の右転貸借につき賃貸人の柴崎が承諾を与えたことを認めるに足りる証拠はなく、まして同土地につき柴崎と被告張との間に直接賃貸借契約が締結されたことを認めるべき証拠は存しない。≪証拠省略≫によれば、被告張は本件(一)の土地の賃料の受領を拒絶されたとして、昭和三九年七月および昭和四三年一一月の二回にわたり賃料の供託をしたことが認められるが、右事実によっても、右承諾若しくは賃貸借のあったことを認めるには足りず、≪証拠省略≫中、柴崎から右承諾があったという趣旨の供述はにわかに信用しがたい。
(二) 従って、被告張は、本件(一)の土地につき原告らに対抗しうべき占有権限のないことが明らかであるところ同被告は右地上に本件(一)の建物を所有し、被告李は本件(一)の建物に居住し、いずれも本件(一)の土地を占有、使用していることが当事者間に争いがないから、原告に対し、被告張は本件(一)の建物収去並びに本件(一)の土地明渡、被告李は、同建物の退去並びに同土地の明渡の義務がある。
しかして、被告張は、少くとも昭和三七、八年ころから本件(一)の建物を所有して本件(一)の土地の占有を継続してきたものであることが、弁論の全趣旨に徴して明らかであるから原告らが本件(一)の土地の使用を妨げられたことにより被むった損害を賠償すべき義務があるが、右損害は、昭和四〇年一月一日以降右土地の明渡ずみまで別表A欄掲記の金員をもって評価すべきものであることが、鑑定人平沼薫治の鑑定の結果により認めることができ、右認定に反する証拠はない。
従って、被告張は、原告に対し昭和四〇年一月一日以降本件(一)の土地の明渡ずみに至るまで右掲記の金員の支払義務があるといわなければならない。
三(一) 次に、本件(二)の土地について被告張の賃借権の存否につき判断するに、≪証拠省略≫をあわせれば、本件(二)の土地は、訴外旭自動車株式会社が昭和二五年以降柴崎直次郎から賃借し、地上に建物を所有していたところ被告張が昭和二七年一〇月以降柴崎から同土地を賃借し、そのころ右会社から右地上建物を買い受けてその所有権を取得したこと、そうして右賃料は、賃貸借の当初一ヶ月につき金二、九四七円の約定であったが、その後順次改訂増額されて昭和三六年四月以降一ヶ月につき金九、八二三円(一ヶ月一坪につき金五〇円)と約定されたこと、しかして、右地上建物は、その後同被告において増改築を加え、本件(二)の建物となり、現在におよんでいること、以上の事実が認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。
従って、本件(二)の土地につき柴崎直次郎と被告張との間において前記昭和二七年一〇月普通建物所有の目的で賃貸借契約が締結されたものと認めるべきであり、原告らが先代直次郎の死亡により右土地の所有権を承継取得するとともに右賃貸借の賃貸人の地位も承継したことが明らかである。
(二) よって、原告ら主張の契約解除の適否につき判断する。
1 原告らが昭和四三年一〇月四日付、同月五日到達の内容証明郵便により被告張に対して原告ら主張のとおりの催告並びに停止条件付き契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
右争いのない事実によれば、右意思表示には、賃料増額(従前の一ヶ月一坪につき金五〇円の割合であったのを一ヶ月一坪につき金一一〇円増額する旨)の請求と従前の滞納賃料全額(従前の額による賃料は、後記のように被告張において支払いずみであるか、若しくは弁済供託しているのであるか、その点はともかくとして)の支払催告を含むものであるところ右書面の記載によれば、原告らは被告張の本件(二)の土地の占有を不法占拠であるとして即時本件(二)の建物収去、右土地の明渡請求をし、若しこれが認められず同土地につき賃借権が存するとすれば、予備的に右賃料の増額並びに滞納賃料の支払を催告するというのである。
しかして、延滞賃料の支払催告は、若し賃借人が催告に応じて延滞賃料を弁済のため提供したときは、賃貸人において確実にこれを受領する意思があり、かような意思が催告自体にあらわれていなければならないのであって、かような意思のうかがわれない催告は、適法な催告ということができない。けだし、これは催告の性質上当然のことであるのみならず、賃借人が若し右催告に応じないとすれば、履行遅滞に陥り、更にこれにともない契約解除等の不利益を甘受しなければならないからである。
しかるに、原告らは、右催告以前において後記2認定のように昭和三八年六月被告張が本件(二)の土地の同月分の賃料を弁済のため提供したところその受領を拒絶し、それ以降同被告が賃料の弁済供託を継続してきたのにこれを受諾して供託金の還付を請求することもなく、更に≪証拠省略≫によれば、昭和三九年六月一七日付内容証明郵便により被告張に対して本件(二)の土地上の本件(二)の建物の無断増改築を理由として賃貸借契約の解除の意思表示をしたことが認められ、本件訴訟においても第一次的には一貫して被告張との間の本件(二)の土地の賃貸借契約の締結自体を否定してきたことが明らかであり、これらの諸事実に右催告書掲記の文言をあわせれば、原告らには、賃借人の被告張が右催告に応じて催告賃料の弁済の提供をしたときにはこれを確実に受領する意思があったものとはとうてい認められないし、かつ右催告の表現自体にもその意思があらわれていない。従って、原告らの右催告は無効のものというべきである。
2 それのみならず、右契約解除の適否についての被告らの主張につき判断するに、
≪証拠省略≫をあわせれば、被告張は、本件(二)の土地の賃借以来昭和三七年八月分までの賃料はすべて支払いずみであったこと、原告らが同年五月二三日附、同月二五日到達の内容証明郵便により同被告に対して、昭和三七年九月分以降昭和三八年四月分までの賃料の支払を催告したので、同被告は原告ら代理人弁護士金綱正巳にあて右催告賃料全額を送金支払いをしたがそのころから右賃料の増額を請求され、容易に協議がまとまらなかったため同年五月分以降の賃料を従前の額(一ヶ月金九八二三円)により現実に提供したところ原告ら代理人の訴外柴崎亀寿若しくは金綱弁護士からその受領を拒絶されたこと、そうして同被告は、昭和三八年五月分以降の賃料を従前の額により東京法務局に弁済供託してきたが(右供託の事実は、当事者間に争いがない。)、原告らから前記催告並びに停止条件付き契約解除に接した、以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫
右認定事実にもとづけば、原告ら若しくはその代理人が昭和三八年五月分以降の賃料の弁済の提供があったのにその受領を拒絶した以上受領遅滞に陥り、その後の賃料についても受領を拒絶する意思であるものと推認するのが相当であるのみならず、前記(1)認定のように昭和三九年六月一七日附で賃貸借契約を解除し、賃借権の存在を否定するものであることを明瞭にしたのであって、その後においては原告らが賃料受領の意思のないことが明らかである。
従って、賃借人たる被告張は右受領拒絶のあったとき以後は賃料の支払につき口頭の提供をしなくとも債務不履行の責めを負わないのであって、若し、賃貸人において賃料の不払を理由として賃貸借契約を解除しようとするには、賃料の提供があれば受領する旨を明確にする等自己の受領遅滞を解消するための措置をとったうえ不払賃料の催告をしなければ契約解除の効果を生じないのである。
ところが、前記1掲記の催告並びに停止条件付き契約解除の意思表示には、かような措置をともなうものでないことが前記のとおり明らかであり、また原告ら主張のその余の催告並びに契約解除についても、これと同断であるから、原告らの契約解除は無効であって、その効果を生じないといわなければならない。
(三) 従って、被告張と原告らとの間の本件(二)の土地の賃貸借契約は存続するのであって、被告張は原告らに対し、本件(二)の建物の収去並びに右土地の明渡義務を負わず、また損害金の支払義務のないことが明らかである。
次に、弁論の全趣旨によれば、被告会社は被告張が代表取締役として経営する会社であって、本件(二)の建物を被告張から賃借または少くとも使用貸借にもとずき占有、使用するものと認められ、右認定を妨げる証拠がないから、被告会社もまた原告らに対し本件(二)の土地の明渡義務がなくかつ損害金の支払義務もないことが明らかである。
三 本件(二)の土地の賃料並びに被告張の支払義務について。
≪省略≫
四 そうすると、原告らの本訴請求中、被告張に対する第一次の請求のうち、本件(一)の建物収去並びに本件(一)の土地明渡および別表A欄掲記の損害金請求部分、第二次の請求のうち、金一五万九、二〇一円の支払を求める部分、被告李に対する本件(一)の建物の退去並びに本件(一)の土地明渡請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきものとし、被告張に対するその余の請求および被告会社に対する請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用中、原告らと被告張同李との間に生じた分は、一〇分してその一を同被告らの負担、その余を原告らの負担とし、原告らと被告会社との間に生じた分は被告会社の負担とし、原告らの右勝訴部分についての仮執行の宣言につき民事訴訟法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 間中彦次)
<以下省略>